傾山分校時代の 貴重なお写真を送って下さいました (20時写真追加)

日記

杉の皮葺屋根仕様 木こりさん方々のお家

 

先日の事

私の 傾山分校時代のブログを読んで下さいましたK様より

当時の貴重な写真を送ってくださったのです

m(_ _)m

 

私の一人占めは勿体なく

皆様にもご覧いただけたら…と思い

お願いし掲載させていただきました。

 

 

……

 

当時はチェーンソーなどありません

 

 

切り出したスギやヒノキは こんなふうに1カ所に集められ、麓の牧口と言う村の貯木場までトロッコで下ろされておりました。

 

 

牧口より

トロッコを沢山連結して

傾山中腹まで引っ張り上げてくれる頼もしい機関車

当時はこの機関車のことを「エンジン」と呼んでおりました。

トロッコの線路

 

 

 

線路は  こんな 高い所も!

よーく見ると、足は杉の木で支えられているように見えます。

(よくもまぁ〜 持ちこたえたもんです。)

 

こんな危ない物

 

線路じゃないかもしれない…

丸太を転がす為のものかなぁ〜?

線路は向こうの方に見えるようです。

 

 

 

トロッコで下る時は 一台一台 各自勝手に降りて行きますが、

帰る時

たまたま機関車が故障していた場合、こんなふうに歩いて山に帰りました

 


 

 

上記他にも 送信して下さいました画像がありましたが

私が うまく取り込めず 再度送信して下さいました。

只今

一枚出来ましたので ↓ 追加させていただきます

 

K様より…「事務所橋」と記載されておりました

 

小さいけど 2枚目

(トロッコは こんなトンネルも 通ります)

 

3枚目

(ここの右下は谷になって落ち込んでいると思います

遙か向こうには 滝も見えていたような そんな記憶があります)

 

 

 

私がおりましたのは

昭和23年〜29年(小1年終わり迄)

傾山の山中には 昔 こんな暮らしがありました。

 

宇目町役場に 色んな資料が残されて居るかも知れません

元気なうちに訪ねてみたいです

ご覧下さって ありがとうございました

 

私の 朧げな記憶が くっきりと蘇って参りました

K様に感謝です

 

 

 

 

 

 

 

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